慶應義塾大学医学部内科学教室 > 内科専修医募集 > 先輩からのアドバイス > 過去の「先輩からのアドバイス」

先輩からのアドバイス

目次

  1. 「米国とボリビアでの心臓カテーテル治療」
  2. 「充実した環境での臨床と研究、そして育児との両立を目指して」
  3. 「総合診療医が一つのゴール」
  4. 「その先を、そして、もっと先を見据えて研修プログラムを選ぶことも大切です」
  5. 「切磋琢磨できる医療の場を提供します」
  6. 「日本の臨床をリードする内科医」

最新年度

米国とボリビアでの心臓カテーテル治療

慶應義塾大学医学部内科学教室 循環器内科講師 心臓カテーテル室主任 河村 朗夫

 私は北海道札幌市郊外で育ち、父、祖父は開業医でした。幼少時には、祖父が吹雪の中、馬そりで往診にでかけた話などを聞いて育ちましたので、将来は臨床医として地域医療に携わりたいと夢描いておりました。内科研修医時代は、それはもう厳しくかつありがたい指導を受けましたが、非常に充実しており医師としての礎になりました。循環器内科医としてのトレーニングが終わる頃、どうしても広い世界の医療を体験したく、ECFMGを取得し米国ボストンに臨床留学へ参りました。留学中は米国だけでなく南米ボリビアでカテーテル治療をする機会に恵まれました。ボリビアは貧しい国で国民皆保険制度はありません。医療機器は全て米国から持ち込み、無料で治療を行いました。非常に印象的だったのは治療が終わったときの患者さんやご家族の反応でした。涙を流されて抱きつかれる方もおられました。日本も昔はこうだったのかと複雑な心境でした。と同時に世界にはまだまだ我々が少しでも力になれる人たちがいるのだと実感しました。帰国後は心臓カテーテル治療の臨床と教育に従事しておりますが、いつかまた世界の患者さんのお役にたちたいと思っています。
 当時も今もそうですが、内科学教室には度量の広さと申しましょうか、各人が自分の夢を追い求められる、そんな環境があります。研修医時代、留学中、帰国後も山あり谷ありですが、先輩、後輩に毎日助けていただきながら今も夢を追い求めています。

慶應義塾大学医学部内科学教室 循環器内科講師
心臓カテーテル室主任
河村 朗夫

TOPへ戻る

充実した環境での臨床と研究、そして育児との両立を目指して

慶應義塾大学医学部内科学教室 腎臓内分泌代謝内科 助教(専修医) 武田 彩乃

 私は旧研修医制度であった平成14年に内科学教室に入局し、卒後2年間の研修医期間に医師としての基本を学びながら、内科の各専門科をローテートしました。初期研修医の2年間で内科以外の科を経験し、より幅広い知識を持って患者さんに接することができる皆さんにとって、改めて内科の各専門科をローテートできる慶應義塾のプログラムは自分自身の将来を決定していく上で非常に有意義であると思います。また研究面においても最先端の技術や知識を習得できる機会が数多くあり、臨床医であるとともに疾患の原因究明や将来の新しい治療戦略を見据えた基礎研究を追及できる恵まれた環境です。
 皆さんの中にもおそらく臨床・研究と、出産・育児との両立について悩んでいる先生もいらっしゃると思います。わが国では認可保育園の待機児童数が多いことが問題として取り上げられていますが、当院では病院から徒歩3分以内の場所に、育児をしている職員向けの保育施設「慶應義塾保育所」が設置され、私達女性医師が仕事を続けていく上で大変心強い味方となっております。私は長男が生後5ヶ月の時点で仕事に復帰し、同時に慶應義塾保育所にお世話になることになりました。慶應義塾保育所では一日の様子を保育士さんからの詳細な記録で振り返ることができ、育児の悩みを相談できる場でもあるため、息子とともに私も日々成長させていただいていると感じています。毎日息子が笑顔で通園し、私が安心して仕事に専念できるのも、定員15名と小規模であるからこそ保育士さん達の愛情のこもった、きめ細やかな保育を受けることができるからと考えております。
 私が職場に復帰できたのは医局の先生方や保育所のスタッフの方々のご理解とご協力なくしては成し得なかったことでありますが、皆さんもぜひ諦めることなく一緒に頑張っていきましょう。

慶應義塾大学医学部内科学教室 腎臓内分泌代謝内科
助教(専修医)
武田 彩乃

TOPへ戻る

総合診療医が一つのゴール

明医研ハーモニークリニック理事長 内科学客員講師 中根 晴幸(51回)

 初期研修はもちろん大切だが、内科は幅広く、息の長い診療領域です。息切れせずに、方向を誤らず進めばいつかゴールに達する、そんな体験を話します。
 自分は腎・内分泌・代謝研究室に所属して卒後3年目から研究留学した例外的経歴のため国内の臨床研修を十分受けていません。卒後8年目に帰国し大学院に籍を置き地方病院に入職。先輩、同僚に教わりながら時間をかけて自己研修し、臨床家としては遠回りながら、症例に即した総合診療的な経験を積みました。専門領域としては高血圧診療をテーマに選び、そこからさらに領域を拡張して来ました。こんな型破りな研修ができたのは、慶應の自由な学風に育てられたおかげと思います。
 病院在職12年目に病診連携を担当した際に考えついた「地域連携による在宅医療の推進」はその後全国に展開された医療モデルですが、平成7年に自らその構想を実践しようと開業しました。開業に踏み切る時は自分の経歴や専門知識が役立たなくなる気がしたが、現実には新たに得るものが多大でした。
 ハーモニークリニックは訪問部門を備えた多機能診療所として評価を受け、現在は常勤医7名、全職員数100名を超え、大学からも市立病院からも内科実習生を受け入れています。私たちが目指すのは、地域に密着し、在宅医療にも対応し、とことん頼りになる医療を実践することで、在宅医療だけを目標とはしません。予防から緩和ケアまで含む癌診療も我々の仕事の一部です。自分を含め専門領域を学んだ医師は、能力を発揮できる診療機会を持ち続けるべきです。また自らを苦しくするような仕事は長続きしないが、チーム医療では互いの負担は軽減され機能が増します。
 臨床医としての成功にはいくつか形があると思いますが、新しい診療領域を開拓できた現在には満足しています。医療自体が元来、魅力ある仕事で、我々はそうした医療の魅力に助けられ成長した例でしょう。
 内科医の道は長く、進むにつれ魅力ある領域が開かれます。まず病院勤務に適した研修を受け、自分の役割を果たす経験を積んだ後、さらに総合診療医としての充実した日々を送ることが可能です。

明医研ハーモニークリニック理事長
内科学客員講師
中根 晴幸(51回)

その先を、そして、もっと先を見据えて研修プログラムを選ぶことも大切です

商工中金健康管理センター 所長 清水 健一郎

 私が卒業した頃は研修制度も異なり、6年時のポリクリで各科を回って、卒業前には何科に進むかを決め、内科の場合は、卒後2年間で内科の各専門科を回り、その後2年間の関連病院出張で腕を磨き、5年目に専門科を決めて帰局するというものでした。ただ、卒後すぐは何もできませんでしたので、最初に回った科で専門分野と併せ、医師としてのイロハを教えてもらう必要がありました。皆さんはイロハについては研修済みですから、内科に進もうと考えたならば、内科各分野について幅広い知識を持つとともに、何か1つ他に負けない専門性を併せ持っているというのが、1つの理想の姿として思い浮かぶのではないでしょうか。それには、まず内科全般を研修し、ついで専科を選ぶという慶應独自の内科専修医(後期臨床研修)プログラムが最も適していると思います。ただ、このあたりは他の先生方に詳しいですので、ここではその先について考えてみたいと思います。
 皆さんにとって、学位、専門医資格、留学の3つがその先の目標として挙げられると思います。この点についても慶應は非常に充実しております。一度尋ねてみてはどうでしょうか。そして、もっと先のこと-大学に残る、基礎研究に転ずる、他施設に移る、開業する、そして、私のように産業医として働く。色々な将来がありますが、いずれの分野においても、私の先輩、同僚、後輩、多くの先生方が第一線で活躍されております。私が産業医というやや趣の異なる仕事をやってこられたのも、バランスの点からも優れた慶應の研修システムのおかげです。かつて、大学病院の多くは第○内科というナンバー内科でした。慶應ではその頃から臓器別内科であり、経験と実績が違います。物が違います。慶應病院は症例も豊富です。テキストや文献をどんなに読んでも、実際にその患者さんを診たという経験に勝るものはありません。立地条件も抜群です。都心でこんなに駅に近い大学病院は果たしていくつあるでしょうか。これは実際に働いてみると実感します。
 そして、最後に一言。忘れてはならないのが「ヒト」です。どんなに優れたプログラムであっても、それに適う人材がいなければ十分な専門研修は受けられません。慶應義塾には自分の疑問に答えてくれるヒトが必ずいます。私も図々しく(自分で調べもしないで)色々と教えてもらいました。今でも当時のオーベンの先生に聞きに行くこともあります。ご自身が専門でなければ、「○○に聞いたらいいよ」と紹介してもらったことも多々あります。ハードとソフト、どちらも大切ですね。この両者を兼ね備えたプログラム。それが、慶應の内科専修医(後期臨床研修)プログラムです。

商工中金健康管理センター
所長
清水 健一郎

TOPへ戻る

切磋琢磨できる医療の場を提供します

慶應義塾大学医学部内科学教室 循環器内科准教授 卒後臨床研修センター 副センター長 専修医研修センター 内科学担当主任 吉川 勉

 私が内科学教室に入局したのは昭和56年(1981年)のことになります。その頃は勿論今のように初期臨床研修というのはなく、直接内科学教室に入局して、全ての内科を4ヶ月毎にローテーションするというものでした。教育出張も2年間同じ病院(私の場合は済生会宇都宮病院)で行うということで、今から考えると随分のんびりとした研修でした。なぜ内科を選んだかというと、複雑多岐にわたる病態を解明するプロセスに興味を持ったからにほかなりません。その頃はせっかく診断にいたっても治らない病気も多かったのですが、今や色々な治療選択肢があり、内科医が治療においても活躍できる場面が多くなりました。私は循環器病棟チーフ・レジデントという立場を経て、多くの(というか全ての)内科研修医に接する機会を得ることができました。現有のプログラムでは内科専修医過程の最初の2年間で一般内科研修を行いますが、この過程は先生方の将来像を形成する上で極めて大事な過程です。あらゆる病態にも対処できる、エビデンスに基づいた標準的な医療を提供できる、国際的に通用する幅の広い視野を持った内科医を目指した人材に会えるのを楽しみにしています。今や出身大学は関係ありません。色々な人材が切磋琢磨できる医療の場をわれわれは必ずや提供できると信じています。

慶應義塾大学医学部内科学教室 循環器内科准教授
卒後臨床研修センター 副センター長
専修医研修センター 内科学担当主任
吉川 勉

TOPへ戻る

日本の臨床をリードする内科医

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 審査役代理 井口 豊崇

 私は、医学部卒業後、慶應義塾大学病院内科学教室にて研修を始めました。2年間の院内研修、2年間の関連病院での研修の後、専修医として血液学を学びました。現在は医薬品医療機器総合機構にて、医薬品の開発助言と新薬審査に関わっておりますが、外部の視点から、慶應のよい点をいくつか実感しています。一つは、内科全般をローテイトすることにより、日本の臨床を代表する先生方から、浅くはあっても広い知識と各疾患の治療のフィロソフィーを直に学べること。また、基礎研究においても優秀な指導医が揃っていることも利点の一つです。優秀な臨床医となるためには、病態を理論立てて理解し、それに基づいた治療戦略を立てられることが必須です。そうした理論構築のためには、マクロ的視野のみならず分子生物学や薬理学等の基礎知識も必要となってきます。分子標的薬や抗体薬が次々と開発されており、今後は遺伝子治療薬や再生医療製品などが遠からず臨床応用されようとしている現在、基礎医学の知識が臨床医にとっても不可欠の要素です。私は指導医の先生方に恵まれたこともあり、臨床内科学の基礎的な考え方を慶應大学での研修時に修得できたこと、また、基礎研究の知識を慶應の内科で習得できたことが、現在の業務における新薬開発戦略の議論上、非常に有利であることを実感しています。こうした点が他施設と大きく異なるよい点であり、慶應の内科専修医プログラムが時代のニーズに沿った理想的な環境である理由と考えます。患者さんのために日本の臨床をリードする内科医になりたい、そういう人に慶應の内科はお薦めです。

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
審査役代理 井口 豊崇