重症筋無力症について

重症筋無力症と診断された患者さんとご家族の皆様へ

脳から体を動かす指令は電気的な信号になり筋肉まで伝わっていきます。重症筋無力症 (MG) は、この伝達の最終部分にあたる末梢神経と筋肉をつなげる神経筋接合部の病気です。この部分にあるアセチルコリン受容体 (AChR) に対して、血液中に存在する自分自身の体を攻撃する自己抗体が原因となります。いわゆる自己免疫疾患の1つです。病気の名前に「重症」とついていますが、 症状の軽い患者さんもおり、MGは「重篤でよくならない病気」という印象を抱いてしまうかもしれません。特定疾患の1つで年々増加傾向にあり、平成24年 には日本全国で19,670人の申請者がおりますので、実際の患者さんは25,000人程度と推測されます。MG発症は20-40代女性が多いのですが、 基本的には小児から高齢者まで発症し、特に高齢発症の頻度が増加傾向にあります。

「疲れやすい」という易疲労性が特徴です。症状は日内変動(特に夕方に増悪します)や週、月単位で症状が変化する場合もあります。過度の疲 労、ストレス、風邪などの感染症、薬剤、転居などの環境変化、女性であれば生理で症状が悪化する場合があります。病気のタイプには、「まぶたがさがる」 (眼瞼下垂)や「ものが二重に見える」(複視)などの眼の症状に限局する眼筋型が全体の20%を占めます。残りの患者さんは「手足の力がはいらない」、た とえば「ものがもちあげにくい」、「しゃがみにくい」、「あたまが重く感じる」などの全身の筋力低下と疲労感が出現する全身型になります。注意をしなくて はいけないのは、「ものがのみこみにくい」(嚥下障害)や「しゃべりにくい」(構音障害)、「呼吸が苦しい」などの症状が出る場合です。特に呼吸困難が強 くなる場合には自分で呼吸ができなくなり人工呼吸器が必要となるクリーゼという状態に陥る場合が、最も重篤です。病気が発症した時点で、眼筋型であっても その後に全身型になる場合があります。

家族や友人、同僚など周りのひとからみて病気がどのくらい重篤なのか理解してもらえず、患者さんは大変つらい思いをします。主治医の先生で も、MGの症状を正確に判断するのはとても難しく、個々の患者さんの治療方針は仕事や家事、勉強などそれぞれの状況にあわせて考えていく必要がありあま す。また薬によってMGが悪化する場合もあるため禁忌薬や市販薬には注意してください。他の医療機関に受診する場合にはMGの診断を受けていることをお話 してください。

近年、MGの治療には大きな変化がありました。MGの治療法も全国の施設や主治医の先生によって大きな違いがあるのが現状です。このような 状況で重症筋無力症診療ガイドライン2014が発刊されました。執筆者の1人としてMG患者さんの治療に少しでも役立つことを願っています。

免疫治療の進歩によりMGの予後は著しく改善し、通常の治療を行なえばMGによる直接の死亡率はほぼゼロになりました。一方、ステロイドな どの免疫治療から離脱できない患者さんもおり、副作用や長期間にわたる免疫治療が必要な患者さんもおります。MGと診断された場合にはしっかりと病気を理 解し、余計な不安を抱かないことが大切です。またMGの症状を完全になくそうとするとステロイドや免疫抑制剤がなかなか減量できず、逆に副作用が強くでて しまう場合があります。日常生活にわずかな不便があっても、仕事や家事、勉強が遂行できることを目標にMGとつきあっていくようにしてください。

多施設共同研究の実績

「データに基づく良質なMG治療の実践」を目標とする有志の多施設共同研究グループ (Japan MG registry group)を展開し、患者QOLを重視した治療を目標に多くの研究テーマに取り組んできました。これまでカルシニューリン阻害薬の有効性、早期治療の必 要性、MG-QOL15日本語版作成、眼筋型MGの現状、ステロイド治療の問題点と改善策などたくさんの研究成果を国際誌に発表してきました。またMGで 最も頻度の高い症状である眼瞼下垂に対して、プリビナ点眼の有用性、形成外科と先生方と協力して眼瞼挙上術に関する検討を行ってきました。我々研究グルー プから発信された研究成果の一部は重症筋無力症診療ガイドライン2014にも反映されています。

我々が考えるMG治療の基本方針

慶應義塾大学神経内科には常時250人以上のMGの患者さんが通院しておられ、日本で最も多くの患者さんが通院している外来のひとつです。 MGは難治性の疾患ではありますが、治療を適切に行なえば日常生活の影響も最小限で済み、健康な人と変わりない生活が送れます。薬による副作用を最小限に おさえ、患者さんのADLを低下させずかつQOLが維持できることを目標としています。

MG治療は完全な治癒(完全寛解)ではなく軽微症状 (minimal manifestation)をゴールとしています。免疫治療の進歩にも関わらず、完全寛解の割合は全患者さんの20%程度であり、以前とほとんど変化が ないというデータがあります。完全寛解のためには自己抗体を作るような血液中のリンパ球を完全に取り除く必要がありますが、現実的な治療ではありません。 ADLを低下させずかつQOLが維持できるような軽微症状を目標にして、免疫治療による副作用を可能なかぎり回避することを目標にしています。

MGの症状を客観的に評価するため、QMGスコアを用いています。患者さんにQMGスコア(表3)をおくばりして、ある項目については自宅 での状態を患者さん自身につけていただき外来受診時に持参してもらいます。スコアをつけることで、患者さんの病状を正確に把握することができ、症状の変化 を的確にとらえステロイドの適応や経過観察など治療方針に反映させることができます。

患者さんによっては自己抗体が検出されない場合などMGの診断が難しい場合があります。この場合には特殊な電気生理学的検査である単線維筋 電図 (single fiber electromyography)を用いてMGの診断を行っています。またMGは外来治療が原則で入院した場合でも可能な限り短期間になるように努力し ています。

表3 QMGスコア

MG治療の実際

抗コリンエステラーゼ阻害薬

基本的にはピリドスチグミン(メスチノン、1錠60 mg)を使用しています。あくまでも対症療法であり、メスチノン1日3錠までを上限としています。それでも症状がコントロールできない場合には免疫治療の 開始や強化が必要と判断します。副作用としては下痢などの消化器症状がありますが、内服するうちにだんだん慣れてきます。1錠で効きすぎる場合や副作用が 強いときは、(メスチノンには割線はありませんが)半分にして服用する場合もあります。MGの症状が概ね理解できた場合には患者さんの判断で服用するタイ ミングを決めてもらっています。

副腎皮質ステロイド

全身型で球症状を有する場合や中等症以上の場合には適応となりますが、統一した見解はありません。眼筋型であってもメスチノンに対して反応 が良くない場合にも使用します。ステロイドを開始する場合は2年以上の内服が原則であり、副作用の管理が重要になってきます。ステロイドの副作用としては 感染症にかかりやすい、胃潰瘍、糖尿病、骨そしょう症、精神症状、血圧増加、高脂血症、中心性肥満、満月様顔貌など多岐にわたっています。

ステロイド高用量投与による副作用はMGの症状以上に患者さんに悪影響を与える可能性があります。高用量経口ステロイド投与(プレドニゾロ ン1mg/kg/日または50-60mg/日)ではなく、プレドニゾロン10-20mg連日投与を行っています。ステロイドの最大使用量を少なめにして、 早期から免疫抑制剤を併用していきます。ステロイドの減量については時間をかけて慎重に行い、維持量として5mg連日が目安になります。

ステロイドは内服開始後に不眠や食欲増加を感じることがあります。MGでは運動量が落ち消費カロリーも減少するため、間食や食事量の増加に より体重が増加してしまうことがあります。動脈硬化を抑制し、関節や骨に与える負荷軽減のためにも、体重コントロールは極めて重要です。胃潰瘍や骨そしょ う症の予防薬を同時に投与します。

ステロイドは副作用も多い薬ですが、多くの疾患で長期間使用されてきた薬です。現在もMGの中心的な免疫治療であり、適切に使用できれば安全な薬剤です。

免疫抑制剤

ステロイド剤減量と副作用軽減が期待でき、早期に導入することでステロイド剤との相乗効果が期待できます。本邦ではタクロリムス(プログラ フ)やシクロスポリン(ネオーラル)の2種類のカルシニューリン阻害薬が保険適応で認められています。副作用を考えると糖尿病がある場合はシクロスポリン を腎機能が悪く血圧が高い場合にはタクロリムスを使用した方が無難です。プログラフは3 mg/日と体重に関係なく内服量が一定で、ネオーラルは体重あたり3-5 mg/kgを目安に投与し、トラフ値を見ながら投与量を決定する必要があり細かな調節が可能です。

もともとは臓器移植後の免疫反応を予防するための薬剤で、抗体産生の原因となるT細胞の増殖とそれに関与するサイトカインの抑制が主な作用機序です。基本的には安全に使用できますが、長期に使用した場合には感染や腫瘍に対する免疫機能が抑制される可能性は否定できません。

免疫グロブリン静注(IVIg)と血液浄化療法

自己抗体に直接作用するかあるいは除去することで作用を発揮するため、早期の効果発現が期待できます。中等症以上の全身型MGでIVIgが 使用される頻度が多くなりました。5日間連続の点滴治療になりますので入院治療が原則です。我々の印象では即効性はあまり期待できませんが、投与から 2-3ヶ月にかけて少しずつ効果が出てきて、免疫療法全体の底上げ効果になります(図5)。

図5 IVIg投与後のQMG scoreの推移

血液浄化療法はクリーゼ直前の状態、急速に進行する球麻痺、呼吸管理中の気管切開回避などより即効性を期待する場合に行います。抗AChR 抗体陽性MGではTR350を用いた免疫吸着療法を1日おきに3回を1クールとして施行しています。抗AChR抗体陰性MGの場合には血漿交換を行ってい ます。

拡大胸腺摘除術

呼吸器外科の先生方と協力して、胸腺腫のある場合は可能な限り早期に摘除するようにしています。MGに対する拡大胸腺摘除術は胸腺腫を伴わ ないMGに対する治療法として有効性を証明できないという結論に至りました。我々は非胸腺腫の場合にはearly-onset (特に若い女性)、抗AChR抗体高値、CTで胸腺過形成が疑われるに胸腺摘除術を検討しています。胸腺摘除術については従来の胸骨切開法に加え、美容的 に優れ、浸襲の少ない胸腔鏡や縦隔鏡による術式も行われています。

当院で実施している臨床研究

現在、当院当科では以下の臨床研究を実施しています。当院倫理委員会の審査承認を経て実施されています。ご不明な点は下記までお問い合わせください。

慶應義塾大学医学部神経内科
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
電話 03(3353)1211 (代表)

1)<臨床研究> 免疫性筋疾患における自己抗体に関する研究

概要: 重症筋無力症と炎症性筋疾患における自己抗体の病態、検出法、臨床的意義の解明
研究デザイン: 非介入型臨床研究
承認番号: 20092782
研究責任者: 神経内科専任講師 鈴木重明